2013/01/20(日) 23:58 【 EDIT

BUBBLEGUM:極秘情報【ピエロの遺言】

2013年1月20日(日)に発見された【ピエロの遺言】の全文をここに公開する。

message_convert_20130202013753.png

Називају "хеллопиеррот" И.

Знам важне чиЊенице о организацији.
Нажалост,ја ђу бити убијен од стране
у бице тако брзо.
Ја избрисани.

Надам се.

Mолимо истрагу организацију заједно са
човеком који је носио ову поруку.
Називају "бубблегум" име организације.

Ово је последЊа нада.

Ја молим за мир.
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【意訳】

私は"hellopierrot"と呼ばれる者だ。

ある組織に関する重要な事実を握っている。
残念ながら、間もなく私はこの世を去るだろう。
始末される日もそう遠くはないはずだ。

そこでひとつ、頼みがある。

このメッセージを運んだ男と共に組織を調査してくれ。
組織は"バブルガム"と呼ばれている。

これは私の最期の望み、遺言として叶えてほしい。

世界の平和を祈りつつ。


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【参考サイト】

・Wiki:セルビア語
・Google翻訳:全文
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2012/06/04(月) 23:20 【 EDIT

BUBBLEGUM:極秘情報【Code name:Alan】

2012年3月31日(土)に発見されたシークレットページ【可士生 礼】の全文をここに公開する。

可士生 礼

Joeによって進められている「BORED & TIRED」は、過去に私が目指していた世界を実現するものかもしれない。
そこで私は、私を追う「バブルガム」の追跡を避けるために身を隠しながら、Joeを応援することにした。

近々、極秘のルートから「バブルガム」の内部情報を入手できる予定だ。
私は、世界を不正な悪で染めようとしている「バブルガム」をジャックする計画を立てている。
この計画は絶対に「バブルガム」に知られてはならない。
故に、ここでの情報は一切外部で漏らさないようにして欲しい。
しかし意思疎通が必要なときもある。
そのときは、念のために「バブルガム」 を「アラン」と呼び統一して欲しい。
秘密のコードネームである。

By Rei Kashiu


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2012/06/04(月) 23:02 【 EDIT

BUBBLEGUM:極秘情報【BORED & TIRED】

2012年3月31日(土)に発見された【BORED & TIRED】サイトの全文を以下に公開する。

I’m getting bored of thinking about happiness, life, and whatnot.

BORED & TIRED

I’m getting bored of thinking about happiness, life, and whatnot.

--- 以下は加筆部分(修正日時は不明) ---

GOAL of PROJECT
Link all Events by the Internet!!
Free broadcast in USTREAM!!

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もう幸せとか人生とかそういうの考えるの飽きてきた?
じゃあ考えるのやめてしまおう。

BORED & TIREDはそういった面倒なことを考えずに、バカっぽく楽しんだら良いじゃないか!
という考えに基づいたイベントプロジェクトだ。

この世の中にはよく分からないものが多すぎる。
仕事、政治、その他意味の分からないルール・・・。
そんなこと考えないでみんなで楽しもう。(ただし無理に楽しむことはない)

そうそう、FacebookにBORED & TIREDのページを開設した。
そこで皆さんと意見を交換したい。

また、イベントプロジェクトに関心を持っている人の大まかな分布を知るために
このサイトに会員登録ができるようになっている。
登録すると会員専用コンテンツも見られるようになる予定だ。
ぜひ登録を!

by BORED & TIRED Manager Joe

新規登録 ログイン

De-Phazzの陽気な音楽を差し込んでおいた。プロジェクトが大きくなるまでの気晴らしにでもして欲しい。


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2012/03/30(金) 04:37 【 EDIT

BUBBLEGUM:可士生 礼の告白【再来の約束】

【1-3】※2012年3月3日(土)に発見された極秘情報「1-3」の全文。

1-3

28年前の閏年も日曜日から始まった。

その年は私にとってあまりにも大きな変化をもたらすものだった。その年を境に私は、死んだことになっている。自分がやってきたことのせいで、私は、そのときすべてを失った。しかしそれは当然の報いであり、エゴの代価だった。私自身、こうして生きていられることに戸惑いもあった。そのときの私はこの命を投げ出したいと考えていたし、そうすべきだとも考えていた。だが、私はいまここにいる。私は救われたんだ。それどころか、いまの私には、ひとつの目標がある。大きな目標がある。だから私は、自らの運命を変えたあの日と同じときに、再び、運命を大きく変えようとしている。もしも賛同いただける方がいるのなら、ぜひあなたの手を貸して欲しいと思う。私が何を云っているのか、これを読んでいる多くの人には理解が難しいかもしれない。だが、これから書くすべてのものは、現実に、このときこの世界で起きていることだ。もちろん判断を強制するつもりは毛頭ないので、受け止めるかどうかはあなた方に委ねたいと思う。

私の名は可士生礼。これは私の本当の名前ではないが、その「世界」ではずっとこの名で通ってきた。ただ、その「世界」自体は自らの名を残したまま記憶を失った。いまや別人のようになってしまったその世界は、「バブルガム」と呼ばれる秘密結社だ。そこで行われていた事実について、これから記していく。

元を辿れば、たった9人の友人の集まりであった。

1983年、すでにバブルガムは世界に拡がっていた。バブルガムの関係者は、当時のOECDのすべての加盟国に分布するまでになっていた。そこで行なわれていたのは、初期と後期で大きく変わってくる。初期の頃…1970年代には、まさにゲームのような活動であり、私が好んでいたのがこの時代だ。体系的な組織のようなものはなく、秘密を守ることを誓った者たちと、ちょっとした事件を起こすというもの。それが後期、少なくとも私がいた頃については、様々な団体と手を組み、実利のある活動を初めた。

まさに人が人を呼び、結社としての格好を整えてくると、加速度的に規模は大きくなっていった。はじめ、仲良しクラブのようなものであったのと比べると、後期のバブルガムは常識的に考えて不合理なほどの規模だった。それでもバブルガムへの加盟は完全招待制を一貫し、個人または団体が、既存のハウスから招待されることでのみ加盟できるようにした。もし招待された者が不適切な場合、他のハウスがその招待を取り消すことで純度を保つ。こうして隠密裏にネットワークを拡げていったが、加盟者を宗教や人種といった属性で縛ることはなく、その自由度が、バブルガムの「経済」の発展を推したという。私は「経済」について関心はなかった。私が関心を寄せていたのは本当は、この退屈な世界を変えるところにあった。なぜバブルガムが、国際的にも稀に見る規模にまで成長を遂げたのか。

それは私と友人の決裂の原因ともなった。

2-3

0345906901/5224#


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【2-3】※2012年3月3日(土)に発見された極秘情報「2-3」の全文。

2-3

私が何かを絶ち切ることを恐れて、いつまでもぬるま湯に浸かっていたのがいけなかったのかも知れない。

崩壊のカウントダウンは1976年の冬から、もう始まっていた。二十を迎えた私たち9人は居酒屋で落ち合った。そこで、バブルガムを秘密結社にするという、くだらない冗談としか考えられない話が一人から持ち上がった。勿論、その場では笑い話として終えた。数日後、同じ友人から、再び話題を持ち掛けられた。私を呼び出して二人きりでの話だったから、この前とは温度が違うのを自然と感じた。

私とその友人…阿賀野(あがの)は、9人の中でも中心的な役回りだったので、わざわざ呼び出されたのだと思う。そこで阿賀野は、一人で作った計画を私に話してきた。バブルガムを招待制で人を集める結社にし、加盟者間による子組織…のちにハウスと名付けられる…を設けて、より長期的な展望で活動しようというものだった。私は依然として現実味のない話をすると思ったし、そもそもシリアスな活動になってしまう気がして前向きには乗れなかった。私は単純に楽しめれば良いと考えていた。だが私は阿賀野の迫真にも押され、試しにやってみるのも面白いだろうと頷いた。このとき、私がもっと真剣に判断をしていれば、世界はきっと変わっていたのかも知れない。

一度計画を始めてしまってからは、いかにして、不真面目なことを真面目な態度で成功させるかという動機が働くようになり色々なことを試した。阿賀野は組織の管理を、私はハウスへの指示や計画立案を担った。さらに翌年が、最も大きな転換点になった。9人の間で行っていた拠金を組織全体に拡大させたのだ。拠金を募り、それを、優秀と評したハウスに幾らか分配した。バブルガムに経済が発生した瞬間だった。優秀なハウスを招待したハウスにも何割かを分けることで、バブルガムに良い循環が生まれた。このとき、私も、他の仲間たちと一緒になって組織の拡大を祝福した。どこかに違和感を抱えてはいたが、仲間たちとのパーティーを楽しみたいあまりに、意識的に忘れていたのかも知れない。私は決めることから逃げて、逃げていることも意識すらしていなかった。そして、私が何も決められないまま、1983年、バブルガムはOECD加盟国のすべてにハウスを持つに至る。計画立案をしていた私の名は必然と世界に広まって、いかにも実際を知らない、不相応な脚光を浴びるようになっていた。

3-3

Find phone number


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【3-3】※2012年3月3日(土)に発見された極秘情報「3-3」の全文。

3-3

自分の知らないところで偶像ばかりが大きくなり、いつのまにか見せていた虚栄に押し潰されそうだった。

そのとき唐突に私は気付いた。自分が目指していた世界は、こんなものでは無いということに。忘れていた違和感が衝動的に込み上がって、私は皆に問い正した。しかし賛同は得られず、逆に私は孤立した。私は9人の仲間を脱退して、自分から世界を変えようと小さなハウスを設立したが、ハウスの中からも良い理解は得られなかった。

仕方なく独自の活動を続けることにしたが、1984年2月20日、私は殺された。ただ実際には、そのしばらく前から疑わしい動きがあったことに気付いていた私は、2月20日に「殺されたこと」に仕立てた。それから私は社会的にも「いない者」となり、窓の外で震えて過ごすようになった。私はそれが妥当だと受け入れていたが、すべてを失った心持ちに違いはなかった。

そこに、あるはずのない救いの手が差し伸べられたのは1986年。私はそのご加護の元、これまで過ごして来られたのだ。無くなったはずのこの命を無駄にはできない。私は決意し、自らの死んだ閏年と同じ2012年、ここに復活を宣言する。これを見ているスクリーンの向こうのお友達へ。また月が上弦になるとき、あなたが選択するのなら、ここにまた来て欲しい。

さあ、愉快に。憂いなきことを。


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2012/03/30(金) 04:29 【 EDIT

BUBBLEGUM:極秘情報【3-3】

2012年3月3日(土)に発見された極秘情報「3-3」の全文を以下に公開する。

3-3(A:9173):http://447624804312.com/3-3

自分の知らないところで偶像ばかりが大きくなり、いつのまにか見せていた虚栄に押し潰されそう
だった。

そのとき唐突に私は気付いた。自分が目指していた世界は、こんなものでは無いということに。忘
れていた違和感が衝動的に込み上がって、私は皆に問い正した。しかし賛同は得られず、逆に
私は孤立した。私は9人の仲間を脱退して、自分から世界を変えようと小さなハウスを設立したが、
ハウスの中からも良い理解は得られなかった。

仕方なく独自の活動を続けることにしたが、1984年2月20日、私は殺された。ただ実際には、その
しばらく前から疑わしい動きがあったことに気付いていた私は、2月20日に「殺されたこと」に仕立て
た。それから私は社会的にも「いない者」となり、窓の外で震えて過ごすようになった。私はそれが
妥当だと受け入れていたが、すべてを失った心持ちに違いはなかった。

そこに、あるはずのない救いの手が差し伸べられたのは1986年。私はそのご加護の元、これまで
過ごして来られたのだ。無くなったはずのこの命を無駄にはできない。私は決意し、自らの死んだ
閏年と同じ2012年、ここに復活を宣言する。これを見ているスクリーンの向こうのお友達へ。また月
が上弦になるとき、あなたが選択するのなら、ここにまた来て欲しい。

さあ、愉快に。憂いなきことを。


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2012/03/30(金) 03:53 【 EDIT

BUBBLEGUM:極秘情報【2-3】

2012年3月3日(土)に発見された極秘情報「2-3」の全文を以下に公開する。

2-3(A:6427):http://447624804312.com/2-3

私が何かを絶ち切ることを恐れて、いつまでもぬるま湯に浸かっていたのがいけなかったのかも知
れない。

崩壊のカウントダウンは1976年の冬から、もう始まっていた。二十を迎えた私たち9人は居酒屋で
落ち合った。そこで、バブルガムを秘密結社にするという、くだらない冗談としか考えられない話が
一人から持ち上がった。勿論、その場では笑い話として終えた。数日後、同じ友人から、再び話
題を持ち掛けられた。私を呼び出して二人きりでの話だったから、この前とは温度が違うのを自然
と感じた。

私とその友人…阿賀野(あがの)は、9人の中でも中心的な役回りだったので、わざわざ呼び出さ
れたのだと思う。そこで阿賀野は、一人で作った計画を私に話してきた。バブルガムを招待制で
人を集める結社にし、加盟者間による子組織…のちにハウスと名付けられる…を設けて、より長期
的な展望で活動しようというものだった。私は依然として現実味のない話をすると思ったし、そもそ
もシリアスな活動になってしまう気がして前向きには乗れなかった。私は単純に楽しめれば良いと
考えていた。だが私は阿賀野の迫真にも押され、試しにやってみるのも面白いだろうと頷いた。こ
のとき、私がもっと真剣に判断をしていれば、世界はきっと変わっていたのかも知れない。

一度計画を始めてしまってからは、いかにして、不真面目なことを真面目な態度で成功させるかと
いう動機が働くようになり色々なことを試した。阿賀野は組織の管理を、私はハウスへの指示や計
画立案を担った。さらに翌年が、最も大きな転換点になった。9人の間で行っていた拠金を組織
全体に拡大させたのだ。拠金を募り、それを、優秀と評したハウスに幾らか分配した。バブルガム
に経済が発生した瞬間だった。優秀なハウスを招待したハウスにも何割かを分けることで、バブル
ガムに良い循環が生まれた。このとき、私も、他の仲間たちと一緒になって組織の拡大を祝福し
た。どこかに違和感を抱えてはいたが、仲間たちとのパーティーを楽しみたいあまりに、意識的に
忘れていたのかも知れない。私は決めることから逃げて、逃げていることも意識すらしていなかっ
た。そして、私が何も決められないまま、1983年、バブルガムはOECD加盟国のすべてにハウスを
持つに至る。計画立案をしていた私の名は必然と世界に広まって、いかにも実際を知らない、不
相応な脚光を浴びるようになっていた。

3-3

Find phone number


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2012/03/30(金) 03:23 【 EDIT

BUBBLEGUM:極秘情報【1-3】

2012年3月3日(土)に発見された極秘情報「1-3」の全文を以下に公開する。

1-3(A:群青の家):http://447624804312.com/

28年前の閏年も日曜日から始まった。

その年は私にとってあまりにも大きな変化をもたらすものだった。その年を境に私は、死んだことに
なっている。自分がやってきたことのせいで、私は、そのときすべてを失った。しかしそれは当然
の報いであり、エゴの代価だった。私自身、こうして生きていられることに戸惑いもあった。そのとき
の私はこの命を投げ出したいと考えていたし、そうすべきだとも考えていた。だが、私はいまここに
いる。私は救われたんだ。それどころか、いまの私には、ひとつの目標がある。大きな目標があ
る。だから私は、自らの運命を変えたあの日と同じときに、再び、運命を大きく変えようとしている。
もしも賛同いただける方がいるのなら、ぜひあなたの手を貸して欲しいと思う。私が何を云っている
のか、これを読んでいる多くの人には理解が難しいかもしれない。だが、これから書くすべてのもの
は、現実に、このときこの世界で起きていることだ。もちろん判断を強制するつもりは毛頭ないの
で、受け止めるかどうかはあなた方に委ねたいと思う。

私の名は可士生礼。これは私の本当の名前ではないが、その「世界」ではずっとこの名で通って
きた。ただ、その「世界」自体は自らの名を残したまま記憶を失った。いまや別人のようになってし
まったその世界は、「バブルガム」と呼ばれる秘密結社だ。そこで行われていた事実について、こ
れから記していく。

元を辿れば、たった9人の友人の集まりであった。

1983年、すでにバブルガムは世界に拡がっていた。バブルガムの関係者は、当時のOECDのす
べての加盟国に分布するまでになっていた。そこで行なわれていたのは、初期と後期で大きく変
わってくる。初期の頃…1970年代には、まさにゲームのような活動であり、私が好んでいたのがこ
の時代だ。体系的な組織のようなものはなく、秘密を守ることを誓った者たちと、ちょっとした事件
を起こすというもの。それが後期、少なくとも私がいた頃については、様々な団体と手を組み、実
利のある活動を初めた。

まさに人が人を呼び、結社としての格好を整えてくると、加速度的に規模は大きくなっていった。
はじめ、仲良しクラブのようなものであったのと比べると、後期のバブルガムは常識的に考えて不
合理なほどの規模だった。それでもバブルガムへの加盟は完全招待制を一貫し、個人または団
体が、既存のハウスから招待されることでのみ加盟できるようにした。もし招待された者が不適切
な場合、他のハウスがその招待を取り消すことで純度を保つ。こうして隠密裏にネットワークを拡げ
ていったが、加盟者を宗教や人種といった属性で縛ることはなく、その自由度が、バブルガムの
「経済」の発展を推したという。私は「経済」について関心はなかった。私が関心を寄せていたのは
本当は、この退屈な世界を変えるところにあった。なぜバブルガムが、国際的にも稀に見る規模
にまで成長を遂げたのか。

それは私と友人の決裂の原因ともなった。

2-3

0345906901/5224#


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2012/03/30(金) 03:01 【 EDIT

BUBBLEGUM:置き手紙【Arthur D. Lindsey文書】

Arthur D. Lindsey文書(1)~(4)の全文。
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【記録(1)】※2012年2月24日(金)に復元された極秘情報「記録(1)」の全文。

2012年2月24日+2【+21a_mymemo_convert_20120330002902 2012年2月24日 2【正位置】21b_mymemo

2012年2月1日/記録(1)

 私はアーサー・D・リンゼイと言い、表向きはとある軍用航空機メーカーのマーケティング部に勤務している。若かりし頃に横須賀ベースに赴任した経験が、日本とアメリカの本社の戦略をつなぐ現在の仕事に役立っていることは確かだ。そして、そんな私に伝道師が声をかけてきたのは、まさに私がトラステッド・コンタクトとして活躍できると判断したからだろう。

 私が伝道師の友人になったのは2006年の5月、移民たちが法に抗議の声をあげ、誤魔化しを続けた役員がその罪を問われていた頃だ。それから2ヶ月後には、闇に閉ざされた者どもが漏らす怨嗟の言葉を掘り起こし、選りすぐったことで信頼すべき仲間として受け入れられたわけだから、やはり伝道師の仕事は私に向いていたのであろう。私自身、事ここに至るまでは、伝道師としての役割に何ひとつ疑問を持つこともなかった。

 この記録は、伝道師として私が知り得た幻夢のように掴み所のない組織と、その組織を作り上げたレイ・カシウという亡霊、そしてその組織を内部から腐らせようとする蝿の王に関するものになる。もっとも、どれだけの時間が私に残されているかはわからない。可能な限り、人混みの中に身を置くようにはしているが、私の前任者にあたるペーターも、私と同じく亡霊を追いかけていたハタモトも既に原因不明の死を迎えているのだ。


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【記録(2)】※2012年2月24日(金)に復元された極秘情報「記録(2)」の全文。

2012年2月24日+2【+22a_mymemo_convert_20120330003041 2012年2月24日 2【正位置】22b_mymemo

2012年2月3日/記録(2)

 私たちは多くの出来事の関連性を格段、意識することなく日々を過ごしている。なぜなら、私たちの脳は知らなくてもよい情報を自動的に遮断することで処理を速め、負荷を減らさなければならないからだ。だが、ある日、散在していた個々別々の出来事が結びつき、真実がその輪郭を浮かび上がらせるときがくる。

 私がその輪郭に気付いたのは、2011年8月14日に起きたある出来事と、そのおよそ1ヶ月前に亡くなったデベロピング・コンタクトが残したメモを読んだときであった。発端は2011年7月17日にデベロピング・コンタクトの1人であったタカシ・マキが死亡したことによる。マキはバブルガムが分裂をした1989年頃にデベロピング・コンタクトとなった、古参の協力者の1人であり、ナンバー6というコードネームで私たち伝道師の間でも知られた人物であった。

 マキは、当時、彼が潜伏していた世田谷のマンションで死んだ。私たちが入手した警察資料や目撃者情報によると、マキは死亡する数日前より、高熱や吐き気を訴えており、室内には血性嘔吐の跡があった。司法解剖を行った医師は、外傷が皆無であったこと、マキが慢性的に肝炎を患っていたことから、敗血症性ショックによる多臓器不全と診断した。私たち伝道師の間でも、この情報に疑念を持つ者はいなかった。だが、1ヵ月後に起きたある出来事の経緯を探るうちに、私はマキの死に対して強い疑念を抱くに至った。


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【記録(3)】※2012年2月26日(日)に復元された極秘情報「記録(3)」の全文。

2012年2月26日+1【+23a_mymemo_convert_20120330020735 2012年2月26日 1【正位置】23b_1_mymemo 2012年2月26日 1【正位置】23b_2_mymemo

2012年2月5日/記録(3)

 その出来事は2011年の8月14日に起きた。その日、バブルガムの中でも有数の規模を誇る大ヒル・ベルゼブブの本部を、目尻に深く皺の刻まれた、痩せぎすで、いかにも神経質そうな男が訪れた。男は慇懃に挨拶をすると、ディーン・P・リチャードソンと名乗った。だが、そんなことをしなくともベルゼブブの担当者は、男のことを知っていた。男は、前年まで、このベルゼブブの最高責任者で、今は、バブルガムに属する組織へ様々な情報を伝達する伝道師たちの統括者であった。

 私が調査をしたところによれば、リチャードソンは施設を一瞥すると即座に、ベルゼブブが入手していた『デベロピング・コンタクト殺し』に関する全記録を伝道師の管理下におくと宣言した。『デベロピング・コンタクト殺し』とはキャリアと呼ばれていた私たち伝道師の前身にあたる者たち8名が、1982年の7月15日に不可解な死を遂げた事件である。そして、昨年7月に死んだナンバー6、タカシ・マキは『デベロピング・コンタクト殺し』に関与した人物として、バブルガム本部から追われていた。

 だが、いずれにせよ、ここでのリチャードソンの行動は、私たち伝道師の役割を大きく逸脱していた。私たち伝道師は、収集した情報を整理、編集することはあっても、情報の流れを管理することはない。ヒルに対する外部干渉とも言えるリチャードソンの行動を知ってしまった私は、彼の周囲を調べると共に、事件の鍵を握る死者、マキの調査に没頭した。いまにして思えば、私は、この時点で気付くべきだったのだ。探求の先に深く暗い闇があることに。


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【記録(4)】※2012年2月26日(日)に復元された極秘情報「記録(4)」の全文。

2012年2月26日+1【+24a_mymemo_convert_20120330020821  2012年2月26日 1【正位置】24b_1_mymemo 2012年2月26日 1【正位置】24b_2_mymemo

2012年2月7日/記録(4)

 私が見たマキのメモは、彼が死んだ世田谷のマンションから、極秘裏に回収されたものであった。回収を指示したリチャードソンは、メモに関する一切を外部に漏らさぬよう、伝道師たちに厳命していた。だから、私がリチャードソンの行動に疑問を感じて、マキの調査を始めたとき、メモはまだ私たちの手元に保管されていた。その内容は、以下のようなものである。

 タカシ・マキは、バブルガムの情報伝達者-キャリア-でありながら、KGBの積極工作にも協力をするダブルエージェントであった。しかし、ダブルエージェントの積極工作を主導していたレフチェンコ少佐が、1979年にアメリカへ亡命すると、順調だったマキの活動に暗雲が立ちこめる。少佐の裏切りを許さないKGBが、マキを捕らえ、少佐が構築したネットワークについて詰問をしたのだ。

 命の危険を感じたマキは、キャリアの仲間をKGBのデベロピング・コンタクトに仕立て上げることで、その場を切り抜けた。そして3年が過ぎ、少佐が米下院の秘密聴聞会で対日工作活動について暴露することを知ったKGBは、デベロピング・コンタクトの殺害を決定した。マキは、自分が仲間をデベロピング・コンタクトに仕立て上げたことが露見するのをひどく怖れていた。このため、リチャードソンがベルゼブブに籍を置いていたときから、何年もデベロピング・コンタクト殺しについて調査をしていたことも把握しており、リチャードソンを異常なまでに警戒していた。

 同時にマキはその背景に1989年のバブルガム分裂騒動以前から、この奇怪な組織をまとめていた「ともし火」と呼ばれる者たちと、分裂を境に生まれた2つのヒルが、人知れず互いを貪り合い続ける醜悪な歴史があると言う。メモの中には、こんな走り書きもあった。
 『ホラ貝は失われた。蝿の王が全てを覆い尽くそうとする』


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2012/03/30(金) 02:39 【 EDIT

BUBBLEGUM:極秘情報【Arthur D. Lindsey文書/記録(4)】

2012年2月26日(日)に復元された極秘情報「記録(4)」の全文を以下に公開する。

2012年2月26日+1【+24a_mymemo_convert_20120330020821 2012年2月26日 1【正位置】24b_1_mymemo 2012年2月26日 1【正位置】24b_2_mymemo

2012年2月7日

記録(4)

 私が見た【マキ】のメモは、彼が死んだ世田谷のマンションから、
極秘裏に回収されたものであった。回収を指示した【リチャード
ソン】は、メモに関する一切を外部に漏らさぬよう、【伝道師】たち
に厳命していた。だから、私が【リチャードソン】の行動に疑問を
感じて、【マキ】の調査を始めたとき、メモはまだ私たちの手元に
保管されていた。その内容は、以下のようなものである。

 【タカシ・マキ】は、【バブルガム】の情報伝達者-【キャリア】-であ
りながら、【KGB】の積極工作にも協力をするダブルエージェン
トであった。しかし、【ダブルエージェント】の積極工作を主導していた【レフチ
ェンコ少佐】が、【1979年】にアメリカへ亡命すると、順調だっ
た【マキ】の活動に暗雲が立ちこめる。【少佐】の裏切りを許さない【K
GB】が、【マキ】を捕らえ、【少佐】が構築したネットワークについて
詰問をしたのだ。

 命の危険を感じた【マキ】は、【キャリア】の仲間を【KGB】の【デベロ
ピング・コンタクト】に仕立て上げることで、その場を切り抜け
た。そして3年が過ぎ、【少佐】が【米下院】の秘密聴聞会で【対日工作
活動】について暴露することを知った【KGB】は、【デベロピング・
コンタクト】の殺害を決定した。【マキ】は、自分が仲間を【デベロピ
ング・コンタクト】に仕立て上げたことが露見するのをひどく怖
れていた。このため、【リチャードソン】が【ベルゼブブ】に籍を置い
ていたときから、何年も【デベロピング・コンタクト殺し】につい
て調査をしていたことも把握しており、【リチャードソン】を異常
なまでに警戒していた。

 同時に【マキ】はその背景に【1989年】の【バブルガム】【分裂騒動】
以前から、この奇怪な組織をまとめていた「【ともし火】」と呼ば
れる者たちと、分裂を境に生まれた2つの【ヒル】が、人知れず互
いを貪り合い続ける醜悪な歴史があると言う。メモの中には、
こんな走り書きもあった。

 『ホラ貝は失われた。蝿の王が全てを覆い尽くそうとする』


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2012/03/30(金) 02:36 【 EDIT

BUBBLEGUM:極秘情報【Arthur D. Lindsey文書/記録(3)】

2012年2月26日(日)に復元された極秘情報「記録(3)」の全文を以下に公開する。

2012年2月26日+1【+23a_mymemo_convert_20120330020735 2012年2月26日 1【正位置】23b_1_mymemo 2012年2月26日 1【正位置】23b_2_mymemo

2012年2月5日

記録(3)

 その出来事は【2011年】の【8月14日】に起きた。その日、【バ
ブルガム】の中でも有数の規模を誇る大【ヒル・ベルゼブブ】の本部
を、目尻に深く皺の刻まれた、痩せぎすで、いかにも神経質そ
うな男が訪れた。男は慇懃に挨拶をすると、【ディーン・P・リ
チャードソン】と名乗った。だが、そんなことをしなくとも【ベル
ゼブブ】の担当者は、男のことを知っていた。男は、前年まで、
この【ベルゼブブ】の最高責任者で、今は、【バブルガム】に属する組
織へ様々な情報を伝達する【伝道師】たちの統括者であった。

 私が調査をしたところによれば、【リチャードソン】は施設を一
瞥すると即座に、【ベルゼブブ】が入手していた『【デベロピング・
コンタクト殺し】』に関する全記録を【伝道師】の管理下におくと宣
言した。『【デベロピング・コンタクト殺し】』とは【キャリア】と呼
ばれていた私たち【伝道師】の前身にあたる者たち8名が、【198
2年】の【7月15日】に不可解な死を遂げた事件である。そして、
昨年【7月】に死んだ【ナンバー6】、【タカシ・マキ】は『【デベロピング・
コンタクト殺し】』に関与した人物として、【バブルガム】本部から
追われていた。

 だが、いずれにせよ、ここでの【リチャードソン】の行動は、私
たち【伝道師】の役割を大きく逸脱していた。私たち【伝道師】は、収
集した情報を整理、編集することはあっても、情報の流れを管
理することはない。【ヒル】に対する外部干渉とも言える【リチャー
ドソン】の行動を知ってしまった私は、彼の周囲を調べると共に、
事件の鍵を握る死者、【マキ】の調査に没頭した。いまにして思え
ば、私は、この時点で気付くべきだったのだ。探求の先に深く
暗い闇があることに。


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