2009/07/03(金) 09:42 【 EDIT

QRコードと似顔絵

ゼミ生宛のメールに添付されていた情報。

--- QRコード ---

QRコード

<記録されていた内容>
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ヘンゼルとグレーテルへ

千葉の古本屋を始末して短冊を奪いました。
香月宛の短冊も私が奪いました。
奪った短冊を集めて貴方に渡せ、とXから司令を受けています。

もう一つXから伝言です。
「桧垣と高宮の始末に失敗した以上、もう後はない」との事です。

あなたも大変ですね。次は香月ですか?
例によって、エージェント同士が勝手に連絡を取りあうことは禁じられているので、
こんな時には面倒ですが、短冊の受け渡しは今から言う日時と場所でお願いします。

7月2日、木曜の20時、神宮前の「ムスビデコ」という居酒屋
ユナイテッドアローズ本店の向かいで、黄色のシャツが目印です
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【補足:居酒屋「ムスビデコ」について】
「mUSUBI deco」 : http://musubi.bz/
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--- 似顔絵 ---

似顔絵
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>添付ファイルは、桧垣君から聞き取った襲撃者の似顔絵だ。
>桧垣君には負担を強いてしまったが、
>今の私にできることで諸君を援護するしかない。
>
>似顔絵の人物は、ボイスメッセージに出てきた
>コードネーム【ヘンゼルとグレーテル】本人か、
>そのかたわれと思われる。
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【参考:記事「見守る者からのメール その4」より一部抜粋】
http://mashiro0.blog40.fc2.com/blog-entry-189.html
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該当記事への関連付けとして

「登録ゼミ生宛のメール その3 」へTB
http://mashiro0.blog40.fc2.com/blog-entry-187.html

「見守る者からのメール その4 」へTB
http://mashiro0.blog40.fc2.com/blog-entry-188.html
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2009/06/20(土) 23:59 【 EDIT

資料

2009/06/20(土)
【 WITWIT一周年記念スペシャルプレゼント 】にて用意された「資料」
http://rare-usedbook-shop.witwit.jp/img/present.jpg

一周年


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明治7年1月18日
新政府の要職に就く者たちの役宅などにある紙片を投じた
その紙片の雛形となったものを「資料」と呼ぶ
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【参考記事:見守る者より告げられた重要情報 】
  http://mashiro0.blog40.fc2.com/blog-entry-130.html
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該当記事への関連付けとして「WITWIT一周年記念スペシャルプレゼント」 へTB
http://mashiro0.blog40.fc2.com/blog-entry-135.html
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2009/06/08(月) 08:26 【 EDIT

『珍聞記事誌』 ~土之絵多津夢物語 第三回~

珍聞記事誌 【第三號 明治二十七年四月十一日】
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土之絵多津夢物語 【第三回 天赦園五郎蔵】
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五人組は其れからも勢を増していき、
天道様の世間を照すが如くに彼等の志は広がつていつた。

終にはソレ世矗しぢやと、五人の気魄天を衝く程壮大に膨上る迄になつた。
左程の勢ひにては最早やむ事無しと、一帯の長連中にも同調する者が現れ始めた。
又快刀の麻を断つが如き五人を慕ひて
近隣遠方からも讃同する者後を断ずといつた有様であつた。

サアサア困り果たのが殿様ぢや。
権を笠にきて懲しめ様にも近隣の長達迄巻込まれておつては軽軽に手出はできぬ。
さりとて金子を當がふて懐柔する事も敵はぬとあつて、流石の殿様も一寸うんざりして了た様子であつた。

ところが人の定なぞ異なる物奇なる物にて五人組に奇態が生じた。
仲違いを始めたのぢやった。

五人の中一人が或る頃から道を別つて退け者にされる様になつた。
暴れ回る事に倦んだとも殿様を巡りてとも云ふが事訳は爺にも分らぬ。
併し退け者之を意に介さず逸散に己が道を駈ておつた。

何処からか二人の余所者が遣つて来たのは丁度其後の頃ぢやつたと思ふ。
あらう事か四人の中三人が余所者二人と党を組んだと云ふ。
是は噂であつて分明ならぬ。

兎に角退け者と新しき党は嘗ての同士とは覚へぬ程別たれて仕舞た。
終に退け者は嘗ての仲間に殺され、
折悪く訪ね来りた残りの一人も巻添えを喰うたそうな。
此様な無體に憐憫の涙を落さぬ者一人も居らずといふ事ぢやつた。

其頃から件の流行唄が斯くの如く様変つたと伝る。

 かごめかごめ 籠の中の鳥は
 何時何時出遣る 夜明の晩に
 つるとかめがすべつた
 後ろの正面だあれ

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 編集後記
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古今東西の珍聞奇談を広く伝んと本誌を興し、
特段天赦園氏の滑稽話は読者諸兄の好評を博すところなれ共、
天赦園氏は嘗て司法の職の人にて今度改めて勅撰の議員と成られしを以て、
未完乍ら此号にて休止せしを了とせられんことを願う。

尚、今般政府の布達に拠て本誌は此号を以て廃刊せし事、併せて了とせられん。
同布達は天赦園氏滑稽話とは無縁の事、
話中の流行唄は江戸の昔から幾通りもある事、
話中の解釈は天赦園氏の筆に拠し事を付記するもの也。

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以下については意訳(訂正ほかフォローをお願いします)
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5人組はそれからも勢いを増して行く。
お天道様が世間を照らすように、彼らの志は広がっていった。

遂にそれは世直しだと、5人の気迫は天を衝くほど壮大に膨れ上がるまでとなった。
これ程の勢いは、もはやただごとではない。と、地域の実力者達の中にも彼らに同調するものが現れ始めた。
また、快刀乱麻を断つ(もののみごとに処理することのたとえ)がごとき5人を慕って、
近隣遠方からも賛同する者が後を断たない、といった有様だった。

そこで、困り果てたのは殿様だ。
権力を使って弾圧しようにも、近隣の実力者まで巻き込まれていては、そう簡単に弾圧することはできない。
かといって、金銭で手なずけることも出来ないとあって、さすがに殿様も少々うんざりしてしていた様子だった。

ところが人の運命とは不思議なもので、5人の間に変化が生じた。
仲違いを始めたのだ。

ある頃より、5人の中の1人が方向性の違いからのけ者にされるようになった。
暴れ回る事に気持ちがくじけたとも、殿様の側に戻ったともいうが、真実は私にもわからない。
しかし、のけ者はこれを意に介さず、わき目もふらず自分の道を進んでいた。

何処からか2人のよそ者がやって来たのは、丁度その頃だったと思う。
あろうことか、4人の中の3人がそのよそ者2人と新しく党派を組んだという。
これは噂であって、はっきりとした事はわからない。

とにかく、のけ者と新党の者たちは、かつて同志だったと思えない程に分かれてしまった。
遂にのけ者はかつての仲間によって殺されてしまい、
折り悪く訪ねてきた残りの1人も巻き添えをくってしまったそうだ。
このような無法に哀れみの涙を流さないものは1人とて、いなかったという。

その頃から例の流行歌がこのように変わって行ったということだ。

♪かごめかごめ 籠の中の鳥は
 何時何時出遣る 夜明の晩に
 つるとかめがすべつた
 後ろの正面だあれ♪

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 編集後記
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いつの時代、どこの土地にも存在する珍しい変わった内容の逸話を広く伝えようと本誌を興しました。
特に天赦園氏の滑稽な話は読者の皆様から好評を頂いておりましたが、
この度、天赦園氏は元来の司法職から、書物を編纂する議員となられました。
それにより、未完成ながら滑稽話はこの号を以って休止とさせて頂きます。
悪しからず御了承下さい。

なお、政府のお達しによって本誌は今号を以って廃刊致しますことを併せて御了承下さい。
政府のお達しについては天赦園氏の滑稽話とは無縁であり、
逸話に登場する流行唄は江戸時代から幾通りもの歌詞が存在します。
また、話中での解釈についても天赦園氏による一説である事を追記しておきます。

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該当記事への関連付けとして「土之絵多津夢物語 第三回のコピー」へTB
http://mashiro0.blog40.fc2.com/blog-entry-99.html
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2009/06/06(土) 22:26 【 EDIT

『珍聞記事誌』 ~土之絵多津夢物語 第二回~

珍聞記事誌 【第二號 明治二十七年四月二日】
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土之絵多津夢物語 【第二回 天赦園五郎蔵】
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其國の事と云ふても細ひ事となると如何にも斯ふにも憶出せぬ。

國と云ふても今のソレとは違ふ。
この爺の記憶が定かでなひから仕様無く國とは申すが、
境も曖昧住まふ人も曖昧。
マア今時分の條令や法律の指す所の國とは形の異なる物と思召せ。

志を同ゆふする者共の集つておつた處、
どこぞ海の向ふの外つ国の事、絵空の事とも覚ふて聞ひてくだされ。

其國の事で今尚判然瞼の裏に浮んで来るは五人の男が居つた事ぢや。
皆父母も異なつて生れも彼方此方ぢやつたが
兎に角マア皆意気盛ん血気盛んの男ばかり。

皆歳の頃二、三十。四十に届ひておつたか如何かは憶出せぬ。
胸の内には滾らん計りの熱き願ひを抱ておつて、斯ふと決めたら遣り態三昧。
内計りか外にも出掛て仕度三昧の有様であつた。
辺りを束ねる長の連中もその又上の殿様も如何にも仕様のなく
ただただ手を拱ひておつたものぢやが
何故だか人々には慕はれておつた。

五人の真直ぐな志はそれはそれは痛快愉快で
不徳の長者を倒し人々を救わんが為に在らば、
人心惹寄せらるるも矢張是自然の事だつたであらう。

憶興せば其頃辺りの童共の流行り唄に此様のがあつた。

 かごめかごめ 籠の中の鳥は
 何時何時出遣る 夜明の晩に
 つるつるつうるとすべつた
 一番鶏が鳴いた

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以下については意訳(訂正ほかフォローをお願いします)
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その国の事と言っても、細かい事についてはどうにもこうにも思い出せない。

国と言っても現在言われているような「国」とは異なる。
私のような老人の記憶は定かでないから、仕方なく「国」と表現するけれども、
国境もあいまい、住んでいる人も素性が知れないような場所だ。
まあ、今時分の条例や法律の指し示すような国とは形の違う物だと思って欲しい。

志を同じくする者たちの集まっていた場所だけれど、
どこか海の向こうの外国の事、絵空事とでも思って聞いて下さい。

その国の事で、今もなお変わらずまぶたの裏に浮かんで来るのは、5人の男がいた事だ。
皆、両親も異なり、出身もあちこちからだったが、
とにかくまあ、揃って意気盛んで血気盛んな男たちばかり。

年齢はおよそ20~30歳。40代に届く年齢だったかどうかはよく判らない。
胸の内にはあふれんばかりの熱い想いを抱えていて、これだと決めたらやりたい放題。
必要とあらば近辺だけでなく、外にまで出かけて支度する有様だった。
辺りを束ねる首領たちも、さらにその上の殿様であっても手の出しようがなく、
ただただ、手をこまねいて見ているしかなかった様子だが、
なぜだか人々には慕われていた。

5人の真っ直ぐな志は、それはそれは痛快で愉快なものだった。
不届き者をなぎ倒し、民を救うために存在した。
人々から信頼を寄せられたのも、至極当然だったと言えるだろう。

思い起こせばその頃、近所の子供たちが歌う流行歌は次のような唄だった。

♪かごめ かごめ カゴの中の鳥は
  いついつ出やる 夜明けの晩に
  つるつるつるっと滑った
  一番鶏が鳴いた♪
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該当記事への関連付けとして「ユウタからの資料画像」へTB
http://mashiro0.blog40.fc2.com/blog-entry-94.html
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2009/06/05(金) 08:20 【 EDIT

ユウタからの資料画像

1)かごめ唄が載っている新聞のコピー
 (『珍聞記事誌』 ~土之絵多津夢物語 第二回~)

『珍聞記事誌』 ~土之絵多津夢物語 第二回~

【拡大画像: 「ズケちゃんの ズケズケいっちゃおう★」より】
http://ameblo.jp/zuke2009/image-10274207277-10191488715.html

【補足:西谷教授による講座「2008.11.06 かごめ唄の考察」にて語られた新聞と推測される】

2ページ目「草の根の糸口」
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「かごめ唄と坂本竜馬のことを書いた新聞がある」と聞かされ、それを所有する古老を訪ねたのです。
正しくは明治の新聞に連載されていた小説の一節でした。
しかしその短い文章のどこをどう読んでも、坂本竜馬の名は書かれていない。
たしかにかごめ唄は登場する。いぶかる私に、しかし古老は言い張るのです。これは坂本竜馬の唄なんだ、と。
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「2008.11.06 かごめ唄の考察」より抜粋
 http://nishiya-bakumatsu-semi.com/static/image/resume/20081106.pdf
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2)講座レジュメ(『かごめ唄の“新”考察』)

講座レジュメ(『かごめ唄の“新”考察』)

【拡大画像: 「ズケちゃんの ズケズケいっちゃおう★」より】
 http://ameblo.jp/zuke2009/image-10274207277-10191489996.html

【補足:個人的に気になる事】

多くの方が新聞記事の情報を解析されている中で
個人的に気になっているのはこちらだったりします。

「準備手伝ってくれたお礼(一応みやげのつもり!!)」とユウタさんがメモを残しているなら
新聞記事とこちらがリンクして初めて見えて来る「何か」もあるのではないでしょうか。

注目すべきは以下かな。
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「明治中後期以前の歌詞」と「現在の歌詞」の比較
 ↓
【新説】かごめ唄に隠された真実!
・作者について
・歌詞が変わった理由
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「明治中後期以前の歌詞と現在の歌詞の比較」と「作者」「歌詞が変わった理由」
このどちらかがキーワードになる可能性もあるのではないでしょうか。
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2009/05/01(金) 15:12 【 EDIT

遺留品

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