2012/03/30(金) 03:23 【 EDIT

BUBBLEGUM:極秘情報【1-3】

2012年3月3日(土)に発見された極秘情報「1-3」の全文を以下に公開する。

1-3(A:群青の家):http://447624804312.com/

28年前の閏年も日曜日から始まった。

その年は私にとってあまりにも大きな変化をもたらすものだった。その年を境に私は、死んだことに
なっている。自分がやってきたことのせいで、私は、そのときすべてを失った。しかしそれは当然
の報いであり、エゴの代価だった。私自身、こうして生きていられることに戸惑いもあった。そのとき
の私はこの命を投げ出したいと考えていたし、そうすべきだとも考えていた。だが、私はいまここに
いる。私は救われたんだ。それどころか、いまの私には、ひとつの目標がある。大きな目標があ
る。だから私は、自らの運命を変えたあの日と同じときに、再び、運命を大きく変えようとしている。
もしも賛同いただける方がいるのなら、ぜひあなたの手を貸して欲しいと思う。私が何を云っている
のか、これを読んでいる多くの人には理解が難しいかもしれない。だが、これから書くすべてのもの
は、現実に、このときこの世界で起きていることだ。もちろん判断を強制するつもりは毛頭ないの
で、受け止めるかどうかはあなた方に委ねたいと思う。

私の名は可士生礼。これは私の本当の名前ではないが、その「世界」ではずっとこの名で通って
きた。ただ、その「世界」自体は自らの名を残したまま記憶を失った。いまや別人のようになってし
まったその世界は、「バブルガム」と呼ばれる秘密結社だ。そこで行われていた事実について、こ
れから記していく。

元を辿れば、たった9人の友人の集まりであった。

1983年、すでにバブルガムは世界に拡がっていた。バブルガムの関係者は、当時のOECDのす
べての加盟国に分布するまでになっていた。そこで行なわれていたのは、初期と後期で大きく変
わってくる。初期の頃…1970年代には、まさにゲームのような活動であり、私が好んでいたのがこ
の時代だ。体系的な組織のようなものはなく、秘密を守ることを誓った者たちと、ちょっとした事件
を起こすというもの。それが後期、少なくとも私がいた頃については、様々な団体と手を組み、実
利のある活動を初めた。

まさに人が人を呼び、結社としての格好を整えてくると、加速度的に規模は大きくなっていった。
はじめ、仲良しクラブのようなものであったのと比べると、後期のバブルガムは常識的に考えて不
合理なほどの規模だった。それでもバブルガムへの加盟は完全招待制を一貫し、個人または団
体が、既存のハウスから招待されることでのみ加盟できるようにした。もし招待された者が不適切
な場合、他のハウスがその招待を取り消すことで純度を保つ。こうして隠密裏にネットワークを拡げ
ていったが、加盟者を宗教や人種といった属性で縛ることはなく、その自由度が、バブルガムの
「経済」の発展を推したという。私は「経済」について関心はなかった。私が関心を寄せていたのは
本当は、この退屈な世界を変えるところにあった。なぜバブルガムが、国際的にも稀に見る規模
にまで成長を遂げたのか。

それは私と友人の決裂の原因ともなった。

2-3

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