2014/07/31(木) 23:59 【 EDIT

7月31日(木)

7月30日(水) ← 3D小説「bell」 → 8月1日(金)

――水曜日のクリスマスには100の謎がある。

22番目の謎は、なぜこの物語は一部の情報が語られないのか、だ。

★久瀬へ:雑誌の件だが、宮野さん自身のことも少し疑った方が良いかもしれない。
 宮野さんに聞くのは引き続きお願いするが、余裕があれば書店にも問い合わせてみて欲しい。 ※7/30


58番目の謎は、彼らの世界は「いつ」なのか、だ。

★久瀬へ:今年は2014年で間違いないか。 ※7/30


◇23番目の謎は、なぜ「彼女」は現実に現れたのか、だ。 ※7/30 ストーリー進行による公開
◇82番目の謎は、なぜバスは彼の元にしかやってこないのか、だ。 ※7/30 ユーザーアクションに対する公開/バス停

【再】21番目の謎は、彼らがどこにいるのか、だ。 ※7/30(24時頃)

★八千代に電話(050-3171-8006)。
 →残念だがこの方法では連絡は取れない。君たちと彼らは極めて遠いところにいる。通常の電波は届かない。別の手段を探してくれ。 ※7/30


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【3D小説『bell』運営より】
・今日は改めて、当企画にかかわる行動をされるみなさんにお願いがあります。
 行動される際には「危険なことはしない」「周りのひとの迷惑にならないように」を心がけて頂けますと幸いです。
 3D小説『bell』を楽しく進行するために、よろしくお願いいたします。

■久瀬太一/7月31日/19時

 今日は一日、宮野さんのところでアルバイトをして過ごした。
 こんなことをしている場合か、という思いもあったけれど、あのミュージックプレイヤーとスマートフォンを手に入れたい。とりあえず真面目に働いて、「スイマを調査する仲間」だと認めてもらうしかなさそうだ。
 とはいえベートーヴェンには、スイマの記事しか載らないわけではない。今日、オレに割り当てられた仕事は、インタビューのテープ起こしだった。宮野さんがどこかの大学教授から、陰陽術について訊いてきたもののようだ。内容はあまりオカルト的ではなかった。どちらかといえば民俗学としての学術的な側面の方を強く感じた。意外なことに、そのテープ起こしは楽しい作業だったけれど、やはり気持ちは焦る。
 宮野さんとスイマについての話ができたのは、夕食の時間になったときだった。

「おごってあげるわ」
 といわれて、宮野さんと共につけ麺がうりのラーメン屋に入る。カウンターだけの狭い店内に並んで席をとり、セルフサービスの水をプラスチックのカップに入れてくる。
 オレも宮野さんも大盛りを注文し、ふたり並んでずるずると麺をすする。宮野さんおすすめの店らしく、たしかに美味い。それに濃厚な魚介の味がなんとなく宮野さんっぽい。
「このね、なんかぱさっとしたチャーシューが、妙にスープに合って絶品なのよ」
 と宮野さんもご機嫌だ。
 オレも本心から美味い美味いと褒め称え、山盛りの麺が半分になった辺りでようやく尋ねた。
「スイマの方の調査はどうなってますか?」
 宮野さんは眉間に皴を寄せる。
「なかなか難しいわね。ほぼノーヒント」
「どうするんです?」
「考え中よ」
「考えてどうにかなるものなんですか?」
「当然でしょ。手がかりなんてものは、想像力で創りだすのよ」
「それはただの捏造です」
「だいたいの記者だって科学者だって同じよ。まず想像するの。次にひたすら走り回るの。真実はそうやってみつけるのよ」
 まあ、そうかもしれない。
 幼いころに聞いた偉人達のエピソードもそうだった。
 ふとひらめき、粘り強く、執拗に、それを追い求めた。夢を現実にしていった。
「オレもそっちを手伝わせてくださいよ」
「バイトが仕事をえり好みしてるんじゃないわよ」
「いわれた仕事はしますよ。情報をくれたらオレも、想像力で手がかりを創りだしてみます」
 宮野さんはずるりと麺をすすり、ふむ、と唸った。
「ま、確かに頭は多い方がいいわね」
 宮野さんは箸を置き、鞄に右手をつっこんだ。それから一冊の、薄っぺらな小冊子を取り出す。
「じゃ、これ読み込んでおいて」
 オレはその、ちゃちな小冊子を知っていた。うちにもある。あの、アタッシェケースからみつかったものだ。表紙には味気ないフォントで、『聖夜教典』と書かれている。
「これ、どうしたんですか?」
「件の広告主から届いたのよ」
「いつ?」
「このあいだ、大阪にいく直前に。新幹線のチケットと一緒に」
 とくにメモもなかったけど、たぶんスイマの手がかりなんでしょ、と宮野さんは言った。
 ――目的はあくまで、ボイスレコーダーとスマートフォンだ。
 この小冊子の中身は、すでに知っている。いまさら、目新しい手がかりはないと思うけれど。
 オレはその小冊子を受け取って、尋ねた。
「これ、読んだんですか?」
「ここ数日、読み続けてるわよ。夢にもみたわ」
 オレはページを開く。それは、やはり、スイマのアタッシェケースからみつかった小冊子と同じものだ。そこにはなぜだか、オレの過去が気持ち悪く美化して書かれている。
「内容は、ある男の子の話ね。書き方が箇条書きっぽいからなかなか感情移入はできないけど、けっこう悲しい話よ。私、こういうのに弱いのよ」
「弱い、ですか」
「そ。古典的な話ではあるんだけどね。お母さんが死んじゃうんだけど、男の子は言いつけを守って正しく生きようとするの。正義感が強すぎるから、なかなか周りに受け入れられない。それでも頑張る話」
 抱きしめたくなっちゃうわ、と宮野さんは言った。


■久瀬太一/7月31日/19時10分

 母さんが死んだのは、オレがまだ8歳だったころだ。
 そのころオレは父親の赴任先にいて、母さんは東京の病院だった。
 母さんが死ぬことは、わりと早い段階からわかっていたことなのだと、今思い返せばわかる。だからその2週間ほど前から、オレは東京の親戚の家にあずけけられた。
 どうして母さんが死んだのか、オレは知らない。なにかずいぶん難しい名前の病気だった。幼いころに聞いたけれど、とても覚えられなかったし、それなりに成長してからも改めて聞く気にはなれなかった。
 なんにせよ、オレが8歳のころ、母さんは死んだ。それがすべてで、重要なことは母さんとの、いくつかの思い出だけだ。

       ※

 偉人の最期の言葉というのは、よく話題になる。
 もっと光を、と言ったのはゲーテだ。向こうはとても美しい。これがエジソン。私の図形に近寄るな。アルキメデス。
 谷崎潤一郎は、「これから小説を書かないといけない」と言った。手塚治虫は、「仕事をさせてくれ」と言った。葛飾北斎は「せめてあと5年の命があったら、本当の絵師になられるのだが」と言った。こういう、未練に溢れた言葉が、オレは好きだ。
 もっとも恰好のいいエピソードは、やはりアインシュタインだろう。彼の最期の言葉はドイツ語だった。でも看護師は英語しか知らなかったから、永遠に謎のままだ。
 母さんの最期の言葉を聞いたのは、たぶんオレだと思う。
 あの日、オレは母さんと少しだけ話をして、彼女が眠ったから親戚の家に帰った。その2時間後に、病院から連絡があった。
 母さんの最期の言葉は、はっきりと覚えている。
 後世に残るような名言ではない。でもシンプルで整った、忘れられない言葉だ。
「がんばって」
 と母さんは言った。
 それだけだった。
 母さんの声は、なんだか綺麗だった。
 小さくて、少しざらついていて、苦しげな、その声が妙に綺麗にきこえた。
 オレは母さんに同じ言葉を返したかった。
 でも、それはできなかった。
 母さんはずいぶん痩せていて、入院してから1年ほどで10倍も年老いたようにみえて、それでもオレがいくと無理に笑っていた。もう充分、がんばっていることがわかった。
 母さんが死ぬなんてことが、現実に起こり得るなんて、ずっと信じられなかった。海から水平線が消えないように、世界から空が消えないように、母親というものはこの世界の確かな一部分としてあり続けるものだと思っていた。
 でも、母さんが「がんばって」と言ったとき、うまく言葉にできないけれど、生まれて初めて、死というもののリアリティを感じたように思う。
 だからオレは帰り道で泣いた。できるだけ声をひそめて、周りに気づかれないように。
 それから、よくわからないけれど、がんばろうと決めた。

       ※

 母さんが死んでからの2か月くらいで、オレは何度も、繰り返し同じ言葉を聞いた。
 いろいろな大人たちがオレに「がんばって」と言った。「お母さんがいなくなって大変だろうけれど、がんばって」。
 そのたびに、オレは笑って頷いていた。母さんが言った「がんばって」は綺麗で、だからがんばろうと決めていた。
 でも、ただ頷くだけなのにだんだん疲れて、疲れてもがんばらないといけなくて、苦しかった。苦しくてもがんばらないといけなくて、少し、その言葉が嫌いになった。
 綺麗な言葉が、綺麗にきこえなくなった。

       ※

 オレは長いあいだ、父親が嫌いだった。
 母さんは病院にいるのに、父は仕事であちこちを飛び回っていて、オレはそれにつき合わされる。母さんが死んだ時だって、父は近くにはいなかった。父がやってきたのは翌日になってからで、彼は冷たくなった手を取ったけれど、そんなのなんの意味もないと思った。
 母さんが死んでからも、父はオレに、とくに何もいわなかったように思う。父もなんと言っていいのかわからなかったのかもしれないし、あえて黙っていることを選んだのかもしれない。あのときに父がなにを考えていたのか、今でもまだわからない。もともと単純なようでわかりづらい人なのだ。

 でもオレは父から、たったひとつだけ、具体的なことを学んだ。
 たぶん四十九日が過ぎて、骨壺を墓に入れた帰り道だったと思う。もう日が暮れていて、空気は少し湿っていた。
 オレはそのころ、「がんばって」という言葉が綺麗にきこえなくなったことが不思議で、ただわけがわからなくて、うつむいて歩きながら何度もその言葉を胸の中で繰り返していた。そのたびに、息苦しくなった。
 父は少し前を歩いていたけれど、ふいに足を止めて、こちらをみた。
「おい。走るぞ」
 と父は言った。
 あのとき、オレはなにも応えられなかったと思う。
 あまりに脈絡がなくて、わけがわからなかったのだ。
 父は黒いネクタイを外し、それをポケットに突っ込んで、また言った。
「走るぞ。全力だ」
 そして、本当に走り出した。
 他にはどうしようもなくて、オレは彼のあとをついて走った。
 父は速かった。置いて行かれないように、オレも必死に走った。
 最初は疑問で、頭の中がいっぱいだった。
 どうして、いきなり走り出すんだよ。こんなのなんの意味があるんだよ。母さんをお墓に入れた帰り道だぞ。おかしい。変だ。
 でも、すぐになにも考えられなくなった。
 痛いくらいに鼓動が強くて、酸素が足りなくて、苦しかった。
 その息苦しさは、これまで感じていたものとはまったく違っていた。シンプルで、純粋で、具体的だった。
 全身を血が流れるのを感じた。両足が確かに地面を踏みしめているのを感じた。視界には父の背中しか映っていなかった。音はなにも聞こえなかった。匂いもなかった。身体の芯がじんじんしていた。
 父は、オレよりは余裕があるようだった。
 前を向いたまま、
「もう限界か?」
 と言った。
 限界だった。
 なんだか悔しくて、オレは首を振る。
 父はこちらの様子なんて、みえたはずがなかった。
 でも、
「よし。もう少しだ」
 そう言った。
 なにがもう少しなんだよ。意味わかんねぇよ。くそ。
 オレは、とにかく走った。世界が揺れていた。
 気がつけば、どこか小さな公園に着いていた。少し坂になった芝生があって、父がそこに座り込んだから、オレは隣にぶっ倒れた。
 必死に息を吸う。こめかみの辺りが、どくん、どくんと脈打ってうるさい。
 父も、隣にごろんと寝転がる。
「なんかさ、よくわかんねぇけど、息が吸いにくくなることってあるよな」
 と父は言った。
「すげえ悩んでるみたいで、でも実はなんにも考えてなくて、似たような言葉ばっかりぐるぐるしてさ。本当は身体の外に流れていかないといけないもんが、頭の中に堰き止められてるんだ」
 オレはなにも答えなかった。
 まともに思考もできず、ただ必死に呼吸していた。
「そんな時は、思い切り走るんだよ。倒れ込むまで走るんだ。そうすると脳が働かなくなる。上手いこと、余計なもんが流れていく。ほら」
 父は、まっすぐ天頂を指す。
「ぶっ倒れてから見上げる星が、いちばん綺麗なんだよ」
 東京の空に星は少なくて、地上の明かりでいくつか雲もみえて、濁っていて。
 でも父の言う通り、なんだかその景色は綺麗だった。
 久しぶりに綺麗なものをみて、たぶんその他に理由なんてなくて、いつの間にか泣いていた。星が滲んで、その光を増したように思った。
 それから、母さんが死んでから泣くのは初めてだと思い当った。

       ※

 あの時の星を、はっきりと覚えていて、だからオレはみさきを、クリスマスパーティから連れ出した。


■久瀬太一/7月31日/19時20分

 母さんが死んだ年のクリスマスパーティが、たぶん最後だ。
 それっきりオレは、あのパーティには行かなくなったはずだ。
 あの夜、雪は降っていなかった。
 外気はひりひりと肌に張りつくように冷たかった。反対にホテルのなかは、暖房がよく効いていて、頭がぼんやりとした。暇だったオレは、ホテルの中をあちこちをちょろちょろと走り回っていた。
 パーティ会場の隣にある、重たい扉を開いたことに、理由はなかったように思う。なんであれ、閉じられている扉は開きたくなる子供だったのだ。
 先は暗い部屋だった。光が少ないからだろうか、会場と同じように暖房が効いていたはずなのに、なんだか寒々しく感じた。その部屋のかたすみに、ドレスを着た女の子が座り込んでいた。みさきだった。
 彼女は膝を抱え込んだまま、驚いた表情でこちらをみた。
「こんなところで何してんだよ?」
 と、たぶんオレは言った。
 あのときの、みさきの表情は忘れられない。彼女はなんだか寂しげに、少しだけ大人びた顔つきで笑った。
「待ってるの」
「なにを待ってるんだよ?」
「なんだろ。よくわかんない」
 みさきは、泣いてはいなかった。でも声が震えていて、泣き声みたいに聞こえて、オレは落ち着かなかった。
「もうすぐ、ピアノを弾くんだよ」
 と彼女は言った。
「ピアノ?」
「うん。舞台で」
「すげぇじゃん」
「すごくないよ。たぶん失敗するから」
「どうして?」
「どうしてかな。ぜんぜん弾ける気がしないの」
 隣のパーティ会場から、プログラムの進行を告げるアナウンスが聞えた。
「次の、次だ」
 とみさきは呟いた。
 そのままうつむく。暗い部屋では、彼女の表情もみえなかった。
 オレには、昔からずっと嫌いなものがある。たとえば友達が叱られるのを隣で聞いていること。誰かが決めた良い子の定義。異口同音の慰め言葉。それから、うつむいている女の子。
 事情はわからなかった。
 でも、目の前にあるなにかが気に入らなかった。
「お前、ピアノが嫌いなの?」
「ううん。好きだよ」
「でも、なんか嫌そうだぜ」
「うん。いろんな人にがんばれって言われたら、嫌になっちゃった」
 その気持ちは、よくわかった。
 がんばれというのは、良い言葉だ。大好きな言葉だ。
 でも、聞きたくないときだってある。真心をこめてそう言われるたび、なんだか疲れてしまって、頷くのがつらくなることだってある。
「そんなとき、どうしたらいいか知ってるぜ」
 オレはみさきに手を差し出す。
「泣くなよ。いこう」
 彼女はやっと顔を上げて、ちょっと濡れた目でこちらをみた。
 それから彼女は、こちらの手を取ろうとして。ためらって。
「いくぞ」
 オレは笑って、強引に彼女の手をつかむ。
 当時のオレはなんにも知らないただのガキだったけれど、綺麗な言葉が汚く聞える夜は、経験があった。
 それに対処する最適な方法を、父から学んでいた。

       ※

「なにぼんやりしてんのよ?」
 と宮野さんが言った。
「さっさと食べちゃいなさいよ。ここ、そんなに長居する店じゃないんだから」
 みると、彼女の器はもう空だった。
 彼女はそわそわと辺りを見回している。おしゃれなカフェでパスタをすすることには抵抗がなくても、回転率の良いラーメン屋に居座るのは気持ちが悪いようだ。
 オレは慌てて、つけ麺を口の中につめこんで、それをのみ込む。
 それから小冊子――『聖夜教典』を視線でさした。
「これは、読んでおきます」
「ええ」
「スマートフォンと、ボイスレコーダーも貸してくださいよ」
 宮野さんは、眉間に皴をよせる。
「あれは、人に渡しちゃダメだって言われてるのよね」
「雪って人にですか?」
「ええ」
 なら雪は、そのふたつの価値を知っているのだろう。――いや、雪に指示を出しているのは制作者だと、ソルたちが言っていた。すべてを知っているのは制作者だけかもしれない。
 オレはひとまず、妥協することにした。
「じゃあ、ボイスレコーダーに入っている言葉を教えてくれるだけでもいいです」
 たしかそこには、女の子から男の子に宛てたメッセージが吹き込まれている、と宮野さんが言っていた。
「覚えてないわよ。正確には」
「書き起こしてくださいよ。家にあるんでしょ、ボイスレコーダー」
「私にこれ以上、時間外労働しろっていうの?」
 宮野さんは、顎に手をあてる。
 それから、どこか意地悪そうに笑った。
「ま、いいわ。あんたが使える奴だってわかったら、それくらいの手間はかけてあげる」
 それから彼女は、カップの水を一気に飲み、席を立った。

――To be continued


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