2014/08/06(水) 23:50 【 EDIT

『ある少年の光景2』

ある少年の光景2-1 書斎珈琲
※『ある少年の光景2』:土崎(秋田)の喫茶店「書斎珈琲」にて『ある男の視点2』と共に発見。

 少年は、はやく大人になりたかった。
 理由は少年自身にもよくわからない。身体
が弱い母親を護りたかったからかもしれない
し、ただ少し背伸びをしてみたかっただけな
のかもしれない。
 わからないけれど、少年は、小学校にあが
る直前のクリスマスに、プレゼントとしてラ
ンドセルをねだった。カラフルなものもたく
さんあるけれど、少年が欲しかったのは黒く
てしっかりとした堅実な作りのランドセルだ。

それがいちばん大人っぽいと思っていた。
 一二月二五日の朝、目を覚ますと少年の枕
元には、希望通りのランドセルが置かれてい
た。少年はそれを掲げて歓声を上げた。すこ
し大人になったような気がして、すぐにそれ
を背負ってみた。ずいぶん手間取ったけれど
なんとかひとりで背負うことができた。
 やがて父と母とが起き出してきて、「よかっ
たな」と言ってくれた。
 少年はそのプレゼントに、大いに満足して
いた。
 小学校に入って半年ほど経っても、少年に
とってそのランドセルは宝物だった。クラス
メイトが持っているどれよりも、自分のラン
ドセルが恰好よくて、大人びていて、綺麗だ
と思っていた。
 ちょうどそのころ、母の病状が悪化し、単
身赴任中だった父の元に行く形で、少年は
引っ越しすることになった。
 せっかく仲良くなっていたクラスメイトと

離ればなれになるのは寂しかった。それ以上
に、入院した母の元を離れるのが嫌だった。
 でも少年は、それほどは我儘を言わなかっ
た。ほんの幼いころから、どこか大人びたと
ころがある少年だった。
 --仕方ない。
 と自分に言い聞かせて、少年は新たな場所
での生活を始めた。
 --オレはまだ子供だから、母さんになん
にもできないんだ。仕方ない。
 自慢のランドセルを抱きしめて。
 それがあれば、きっと、すぐに強い大人に
なれると思っていた。



 新しいクラスでは、岡島という名前の少年
が浮いていることに、すぐ気づいた。
 当時少年はいじめという言葉を知らなかっ
たし、実際にそれほど強い悪意を感じたわけ

ではない。でも何人かで話していると、決
まって同じ少年がからかわれるな、とすぐに
わかった。それが岡島だった。
 --どうして、岡島がからかわれるんだろ
う?
 少し疑問だった。彼に、他のクラスメイト
たちと比べて、なにか変ったところがある
ようにはみえなかったから。
 その疑問が解けたのは、放課後になったと
きだ。岡島のランドセルをみれば、すぐにわ
かった。
 彼のランドセルは花柄だった。女の子たち
を含めても、このクラスでいちばん可愛らし
いランドセルだった。
 正直、恰好悪いなと少年も思った。



そのまま二週間ほど経った。
 岡島は、ランドセルを馬鹿にされるたびに

悲しげな顔をするけれど、特になにか反論す
る様子もなかった。
 ある日、クラスの先生が岡島と話している
のを、たまたま少年は聞いた。
「これ、あげるから」
 と先生は、黄色い交通安全カバーを岡島に
差し出した。
「花柄がいけないっていうわけじゃないん
だけど、ほら、岡島くんも困るでしょう?」
 クラスにも何人か、交通安全用の黄色いカ
バーをランドセルにつけている生徒がいた。
前の学校では全員がつけないといけない決ま
りだったから、少年は少し驚いた。少年自身
は、恰好いいランドセルにださいカバーをつ
けなくてもいいことを喜んでいたけれど、花
柄よりはあの黄色いカバーの方がましにみえ
た。
 なのに岡島は首を振る。
「つけなさい」
 と先生は言った。

また岡島は首を振る。
 先生は少しだけ苛立った様子で、岡島の、
花柄のランドセルを手に取った。勝手にカ
バーをつけてしまうつもりみたいだ。
 岡島は先生の手の中から、そのランドセル
を奪い取り、駆けだした。
「こら、岡島くん!」
 先生が大きな声を上げる。
 それよりも先に、少年は岡島のあとを追っ
ていた。



 廊下の片端で、少年は岡島をつかまえる。
「どうして、カバーつけねぇの?」
 と少年は尋ねた。
 あの花柄のせいでからかわれていることは、
岡島もわかっているはずだ。
 でも彼は首を振るだけだ。
「花柄が好きなの?」

岡島は、ゆっくりと、ためらうように頷い
た。
「好きだよ。おばあちゃんが選んでくれたか
ら」
 そうか、と少年は頷いた。
 それから、よくわからないけれど、岡島は
恰好いいなと思った。



 だから少年は、自分のランドセルを、もっ
と恰好よくすることにした。黒いランドセル
にいちばん目立つ色で絵を描こうと思った。
「白いマジックってある?」
 と聞くと、父は近所のホームセンターに連
れていってくれた。そこでいちばん太い、白
いマジックを買った。
 少年はそのマジックで、花柄よりもずっと
馬鹿にされそうなイラストを、自分のランド
セルに描いた。

 本当は嫌だったけれど、岡島は恰好いいか
ら仕方がない。
 --オレはできるだけ、恰好良い奴の味方
でいたい。
 そう思っていた。



 翌日、もちろん少年はクラスメイトたちか
ら馬鹿にされたし、嫌なあだ名もつけられ
た。いちばん悲しかったのは、先生が理由も
きかずにその絵を消してしまおうとしたこと
だ。
 だから夜、父親が不思議そうな顔で尋ねて
きたとき、少し嬉しかった。
「どうして、そんなことしたんだよ?」
「なんだ。わかんねぇのかよ」
 少年は笑って答える。
「これ、すげぇ恰好いいだろ?」
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