2014/08/24(日) 23:51 【 EDIT

『ノイマンの視点』

ノイマンの視点1 代官山カフェ
※『ノイマンの視点』:代官山(東京)のカフェ「CAFE CLASSE」にて発見。

 わざわざ告げるつもりもないけれど、私は
以前にも一度、彼女に出会っている。
 それはある冬の日のことだった。

 ※

 友人、と言えるほど親しいかはよくわから
ないが、なんにせよ知人の女性から電話を受
けたせいで、クローゼットの中身をひっぱり
出すことになった。

 私はどちらかというと几帳面な方だ。新人
だからということで、会社の忘年会につき合
いで仕方なく参加したときにビンゴ大会で当
てた、誰がどんな悪ふざけで用意したのだか
わからない缶バッヂ製造キットなるものをど
こにしまっているのかも、もちろん記憶して
いた。クローゼットの奥には、日常的には使
わないあれこれを収納している段ボール箱が
積み重なっており、そのいちばん下だ。
 収納は比較的得意だが、半面で物を捨てる
のが苦手な傾向にあり、よくないとわかって
いても不必要なものをついついため込んでし
まう。そしてなぜか私には不必要なものがし
ばしば舞い込んでくる。
 どうにか段ボールの山を部屋のすみに移動
させて、目的のものを開くと、いちばん上に
載っていたのは名前も知らないロボットのプ
ラモデルだった。誰かに貰ったものだ。誰に
貰ったのだかはもう思い出せないが、「こう
いうの好きでしょう」と笑顔で言われたこと

は覚えている。どの観点からみれば私が、ロ
ボットのプラモデルが好きなようにみえると
いうのだろうか。理解に苦しむ。
 ともかくそのプラモデルの下に、缶バッヂ
製造キットはあった。子供用の玩具の、チー
プなものだ。
 私はそれをひっぱりだして、彼女との待ち
合わせ場所に向かった。
 今日は久しぶりの、仕事の予定のない休日
だ。明らかな重複表現に思えるが、そうでも
ないところにため息が出る。映画館にでも行
こうと思っていたのだけれど。
 --少女の初恋のためよ。
 と彼女は言った。
 さすがにそれは、放ってはおけない。
 応援するか、からかい倒すかは悩みどころ
ではあるけれど、どちらにせよスクリーンを
眺めているよりもドラマティックなはずだ。

 ※

 予想通りに、というのも語弊があるけれど
まだ小学生の女の子の純真な恋愛事情をあれ
これと訊きながら、紅茶を飲んでいる時間は
やはり充実していた。
 彼は正義感が強くて、勇気があって、優し
くて行動力があって――と同年代が口にして
いたなら「ああそう」と告げて立ち去りたく
なるような言葉も、少女のものであれば微笑
んで聞いていられる。恥ずかしがっている少
女というのは可愛らしいものだ。部屋にひと
つ置いておきたくなる。
 はにかみながら、彼女はヒーローバッヂを
ひとつ作った。なんだか意外と悪人面のヒー
ローバッヂで、それは彼から貰ったキーホル
ダーを参考にしているらしい。正義感が強く
て勇気があってどうこうの彼も、プレゼント
のセンスはないようだ。
「土台のを上にもってきた方が可愛いわよ」
 と私は言う。悪人面のヒーローに覆われて

しまった、缶バッヂの土台には、もう見えな
いけれどピンク色のハートと「がんばれ!」
という文字がある。
 少女は言った。
「がんばれって、はっきりとは書けないです
よ。やっぱり」
「どうして?」
「たぶん私よりもずっと、彼の方ががんばっ
ているので」
 ハートの方はどうして隠すの、と聞こうか
と思ったけれどやめる。もうすでに彼女の顔
が真っ赤だったから、さすがに可哀想になっ
たのだ。そういえば私も、幼いころはよく赤
面する子供だった。最近はそんなこともなく
なったけれど、懐かしい。
「喜んでもらえるといいわね」
 と私は言った。

 ※

 あの少女の初恋がどうなったのか、私は知
らなかった。
 でもひとつだけ、聞こえてきたことがある。
 どうやら件の少年は、ヒーローバッヂを受
け取るはずだった夜に事故に遭い、長いあい
だ昏睡状態にあったようだ。

 ※

 あの缶バッヂ製造キットは、今は手元に
はない。ある男性から連絡があり、譲ってほ
しいと言われたのだ。
 仕事の都合で秋葉原に行ったとき、少し変
わった喫茶店であれを引き渡した。店名はど
こかの国の言葉で、「宝箱」という意味を持
つらしい。
 入店すると時間ごとに料金を取られるタイ
プのお店ではじめは抵抗があったけれど、充
実したハーブティーからオリジナルブレンド
の紅茶を作れるシステムが素敵だ。私はエル

ダーフラワーとカモミールの組み合わせが気
に入っているけれど、たまには「今夜、ぐっ
すり眠れるブレンドを」という風に、アバウ
トに注文してみるのも、発見があって面白い。
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