2014/12/23(火) 10:02 【 EDIT

『【第2部】ワーグナーの視点』

東戸塚 ワーグナーの視点1 
※【第2部】ワーグナーの視点:東戸塚(神奈川)「アシーネ東戸塚店」にて発見。

 変わりようのないものがある。
 真冬の匂い、クリスマスのミュージック、
書店ならではの静かな雑踏。
 それから年の差--もちろん一方が死んで
しまわない限りは、と注釈がつくけれど、い
くら時間が流れてもふたりの人間の歳の差は
埋まらない。
 ひとりが宇宙船に乗り、光みたいな速度で
びゅんと飛び回ってくればまた話は違うのか
もしれない。でもどれだけウラシマ効果が発

生したところで、戸籍に登録されている生年
月日までは影響がないだろうから、結局は
同じなのかもしれない。なんにせよ僕がなん
ど誕生日を迎えてもノイマンよりも年下だと
いう事実は変わりようがなく、ふいに飛んで
くる不条理な命令にも逆らえないのだった。

 ※

「横浜でいいのよ」

 と彼女はむしろ得意げに言った。
「北海道とか熊本とか思わずため息が出る
ような場所もあるけれど、横浜なんてゆっく
り日帰り観光できる距離でしょう」
 なら自分でいけと言いたかった。
 ノイマンはずいぶん前から東京だが、僕は
まだ長野で暮らしている。長野と横浜はずい
ぶん遠い。
「私は別件で暇がないの」
「別件?」

「センセイからちょっとした頼みごとをされ
て」
 簡単に言ってくれる。
「ちょっと待ってくださいよ。僕たちはその
センセイを捜して右往左往してるんですよ」
「貴方は現代の若者らしくない言葉を使う
わね」
「どうでもいいでしょうそんなこと」
 もう僕もだんだん、若者を名乗っていいの
か不安な歳になりつつある--けれど、今は

関係ない。
「センセイに会ったんですか?」
「メールが届いただけよ」
「協会への報告は?」
「したわよ、もちろん。内容の細部はセンセ
イからの指示で秘密だけれど」
「それはそれは。ファーブル辺りが嫉妬で機
嫌を損ねていそうですね」
「そうでもないわ。あの招待状、彼にも届い
たらしいじゃない」

「あ、そうなんですか」
 センセイからふいに連絡があったのは、ほ
んの数日前のことだ。今年は二五日に簡単な
懇親会を開きたい--という旨の、短い招待
状が届いた。それで聖夜協会がざわついてい
て変な気まずさを感じる。
 気まずいのは、招待状が僕の手元にもある
からだ。もちろん僕は、協会内ではとくに目
立つ方でもないし、なんの権威もありはしな
い。実際のところ、その手紙で招待されたの

はノイマンだったけれど、彼女が参加を取り
やめると言って僕のところに回ってきたの
だった。
 ノイマンがパーティを辞退した理由はわか
らない。彼女は大学を出るまで長野で暮らし
ていたくせに、極端に寒いのが苦手だから、
冬場は家から出たがらない。そんなつまらな
い理由で、普通のパーティであれば参加をや
めてもおかしくない。でもさすがに、センセ
イからの誘いを断ったのだから、もうすこし

まっとうな事情があるのではないか、とも思
う。
「センセイからの頼み事ってなんですか?」
 と僕は話を戻す。
「極秘映像の撮影よ」
「へぇ。どんな?」
「極秘だって言ってるでしょう」
「いいじゃないですか。パーティの代役だっ
て引き受けてあげたんだし」
「それ、普通の会員なら泣いて喜ぶことよ」

 まあそうか。
 センセイに会えるのなら、僕としてももち
ろん光栄だ。ただ、羨ましがられる立場だけ
に、やはり気まずくも感じる。
「なんによ、子供っぽい映像よ。この歳で
せっせと色画用紙をハサミで切ってるわ。涙
ぐましい努力だと思わない?」
 一体、どんな映像なんだ。僕は部屋でひと
りきり色画用紙を切るノイマンを想像する。
「軽いホラーですね」

「本物のホラー空間に閉じ込めてあげま
しょうか?」
「嫌です」
「なら横浜ね」
 と、彼女は軽く笑った。

 ※

 センセイからの招待状には奇妙な点があっ
た。送り主の住所がばらばらで、日本中に散

らばっていたのだ。
 だから招待状を受け取った人間が、それぞ
れその住所に行ってみることになった。記載
されている住所はすべて書店のもので、実際
にセンセイが暮らしていた場所ではないこと
は明白だ。
 ノイマンから招待状を押しつけられた僕の
担当は、東戸塚駅からすぐの位置にある大型
スーパーマーケットの3階に入った書店だっ
た。

--さて。
 ここで一体、なにをしろというのだろう?
 僕はとりあえず店内を歩いて回る。一応、
住所を確認してこいという旨の役割は果たし
たわけだから、これで用件は終わりだという
こともできる。許されるなら好きな本を買っ
て、この辺りの喫茶店でのんびり過ごしたい
ものだ。
 店内はすっきりと整理されていて、見通し
がよく、陳列もわかりやすかった。良い書店

は初めて訪れても棚の位置がわかりやすいも
のだと、僕は思う。
 僕は大抵の書店でそうするように、まず新
刊コーナーをざっと眺め、次に文庫本の書架
の前をゆっくりと歩く。くるりと一回りして
から、斜め向かいにみえるコミックのコー
ナーに移動した。
 と、足元に、奇妙なメモが落ちているのを
発見する。

 短い文章がふたつ並んでいる。

 キーのひとつは錠にある。
 文字は点でも、言葉は線だ。

 --どういう意味だろう?
 でも、僕も文章を書くから、なんとなく言
いたいことはわかるような気がした。
 文字と文字は繋がって言葉になり、言葉と
言葉は繋がって文になる。それらは固い絆で
結ばれている。

 僕はメモを拾い上げ、書架の上に置いた。

キーのひとつは錠にある。
文字は点でも、言葉は線だ。


東戸塚 ワーグナーの視点14 奇妙「に」→奇妙「な」
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